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2007年11月11日 (日)

浦島太郎

02052569皆さんご存知の『浦島太郎』

閑話休題、今日はビジネス書の書評ではないが、人生のありかたに対して、ちょっと思う機会を得たので、童話に対する私の一考察を...

子供の通う保育園で「生活発表会」なるものがあった。昔で言う「学芸会」だ。赤ちゃんだとばかり思っていた息子が、活き活きと演技するする姿はなかなかの感動ものだ。しかも、劇だけでなく、楽器演奏に、歌に、手話までもこなし、充分に見ごたえのある内容だった。

『浦島太郎』は自分の息子が出ていた演目ではなかったのだが、この劇を見ているうちにこんなことを思った。

浦島太郎は幸せだったのか?

毎日、漁に出て懸命に生きる若者は、ある日とった勇気ある行動により、竜宮城に招待される。
それは、太郎の主体的な行動が報われ、パラダイスへの招待券と自由気ままな生活が得られた。というひとつの成功話だろう。

しかし、彼は竜宮城で主体性を失ってしまった。

乙姫様の美しさに溺れ、鯛やひらめの舞い踊りにうつつをぬかし、自らのもつ主体的な行動力を封印してしまったのだ。
その期間は、およそ3年。かれが自らの主体性の存在を思い出すまでに、3年もの月日が流れた。
さらに、彼がとった行動は、元の世界に戻ると言う消極的なものだった。
そこにはもう報いはなかった。過去に戻ると言う決断が、彼の人生を大きく狂わせて行く。
海の中での1年は陸上での100年を意味していた。
つまり彼は、陸上の時間にして300年の間、人生の目的を失い、その日暮し、気ままな生活を続けていたのだ。

乙姫様がくれた大切な宝物、玉手箱の中には、時間と言う人間にとってもっとも貴重な財産が入っていたのだ。

陸上の世界に戻り、すべてを失っていることに気づいた太郎は、乙女様の言いつけを破り、玉手箱を開けてしまう。
その箱からは、自分がただひたすら時間を浪費してしまったという後悔と失念が飛び出してきた。

玉手箱は太郎の心のあり方そのものだったのだ。

その後悔と失念によって、太郎は身も心も老人となり、すべての生きる気力を無くしてしまうのである。

人生のあり方、生きる目的をどこで気づくか、そして、どういう行動をとるのか。

そんなことを考えながら、劇を見終わった。
どこにでも成功法則がころがっているものだと、思った。


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