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2006年8月12日 (土)

永遠の仔(下)

487728286609 天童荒太著 『永遠の仔(下)』

この一週間、この本にどっぷり浸かってしまった。
「たまにはミステリーでも読んでみるか」と気分転換に手にした本だったが、それにしては重過ぎるテーマと文章量だった。

感じることは、親が子どもに与える影響は、親が考える以上に計り知れないものがあるということ。

親が非人道的なことをした場合は、問題を認識しやすい。
しかし、問題が表面化してこない場合の方が、大多数だろう。
親は知らず知らずに子どもに劣等感を植え付ける。
親の劣等感が子どもに劣等感を植えつづけてしまう。

感情を表現すること、自分らしさをアピールすることは、勇気のいることだ。
自信がなければ、正当な形で自分を表現することはできない。
押さえ込まれた自分はやがて、あらゆる形で外に現れてくる。
押さえ込むことだけを教え込まれた子どもたちは、やがて異形な自己表現を始める。

潜在意識の存在を意識しながら生きること。

このことの意義はとてつもなく深い、と感じた。
潜在意識の活用は、単なる「成功の手段」ではない。

顕在意識で認識していない本当の自分を認識すること。

そのこと自体が成功なのだ。
潜在意識を活用できるようになること。
それがなされたとき、人はすでに成功した人生をつかんだことになる。

秘密や嘘を持つことが、大人のように言われることがあるけれど、わたしたちは、つらい出来事があるたびに、秘密や嘘ばかりで応じたため、さらに悲しい結果を招いてしまったように思います。真実を明かすことが、周囲をつらくさせる場合にも、真実や嘘に逃げないこと……真実を明かしたことで起こる、いっそうの悲劇や悪でさえ、受け止めてゆこうとする態度こそが、成長と呼ばれるものに結びつくのかもしれません。

最後の最後に主人公が語るこの言葉が、この物語の結論だ。
しかし、この言葉をストーリーの幕引きのためだけの言葉ととらえるのは早計だと思う。
社会の価値観や常識に執拗に縛られるがために、本当の自分をレベルが低い者、醜い者、罪深い者として、表現することを避けている、いや、隠し続けている多くの現代人に、奥の深いメッセージを突きつけていると思った。
私の心には、深く突き刺さった。

世の中に情報が氾濫するがあまりに、「自分」という人間を過小評価する人が多すぎる。

そのために起こる不幸は世の中にあふれている。

この本はあくまで小説であり、作り話だ。読者の興味をそらさないために、ミステリーという形式をとり、話の展開に非日常性と意外性が盛り込まれている。
そのことについて、つべこべと感想を述べる必要はない。
一人の人間が抱える劣等感という病巣のために、どれほど多くの人間が影響されるかをわかりやすい形で表現してくれている、と感じるべきである。

自分と向き合うことから逃げてはいけない。

逃げることによる自分に対する影響、他人に対する影響を充分に理解することの重要性を心の底から感じた。
世界の大きさに比べたら、自分は本当にちっぽけな存在かも知れない。
しかし、ひとりひとりの幸福感がどれだけ社会に大きな影響を与えるかということを意識すべきだ。
どんなことがあっても、いつまでも「不幸」であってはいけない。

自分自身の「幸福」であろうとする態度が、社会のありかたに影響を与えていく。

このことに確信を与えてくれる作品だった。


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