おじいさんは山へ金儲けに
村上龍著、山崎元・北野一企画解説『おじいさんは山へ金儲けに』
こんな本を見つけました。
タイトルがいいじゃないですか。企画も面白い。
自分の勉強のためだけなく、子どもに夜寝る前に、読み聞かせてあげるつもりで手にしました。早速、夜、布団に入り、小学2年生の娘を相手に、この本の読み聞かせを始めました。
読みながら、かなり困りました。
子どもには刺激が強すぎる表現が多用されているのです。とても、私の力量では子どもに説明のできる内容ではありませんでした。
さらに、村上龍氏のシュールな視点に感心してしまい、読んでいる自分が考え込んでしまったのです。
例えば、こんな表現、「浦島太郎」が亀を助け出すシーンの子どもたちとの会話です。
「かわいそうだから、やめなさい」
と太郎は子どもたちに言いました。なぜカメをいじめてはいけないのか教えてくれよ、と子供たちの中で一番からだの大きな男の子が、太郎に聞きました。漁師が集まって暮らしている村は、とても貧しく、学校もありませんでした。なぜカメをいじめてはいけないのか教えてくれ、と言われた太郎は、一番からだの大きな子どもの頭を、いきなり殴りつけました。子どもは、頭を押さえてうずくまり、何をするんだよう、と泣きだしてしまいました。太郎は、その子どもを抱きかかえて、立たせました。ほかの子どもたちも、みなびっくりして太郎を見ています。
「なぜ、わたしがお前を殴ってはいけないのか。教えてくれ」
太郎は、一番からだの大きな子どもに、そう言いました。
「痛いし、からだの大きなものが小さなものを殴るのは、ひきょうじゃないか」
一番からだの大きな子どもは、泣きながらそう言いました。そして、はっと何かに気づいた表情になって、わかった、とうなずきました。
子どもとの接し方としては理想的な感じがしますが、実際に自分の子どもを前にこの逸話を話すのには少なからず抵抗があります。それはきっと、私がまだまだ、世の既成概念にとらわれているからなのでしょう。
この本のお話は、皆が良く知る昔話を題材にして、おもしろおかしく世の中の仕組みを解明していく本です。そこには奇麗ごとだけを語った理想の社会の中での教育ではなく、人間の裏の欲求も含めた真実の社会を語る、村上さんの思想が表現されています。
「金儲け」という言葉に含まれるイメージを意識したタイトルのつけ方にも深い意味を感じる本でした。「投資」という考え方がいかに大切で、世の中に仕組みに対して無知であることが、いかに豊かさを遠ざけているかということが理解できます。
子どもに読み聞かせるには無謀なチャレンジだったかもしれません。
「鶴の恩返し」のセックスを表現するシーンも、人間の真実の姿を映し出す重要なシーンとして、子どもに読み聞かせた私は、きっと世に言う理想的な父親としては失格なのかもしれません。
しかし、「現代で重要なのな、正直に生きるか、欲張りになるかではなく、いかにして無知から脱却するかだ。」という村上龍氏のまえがきの言葉が頭に残り、自分の子どもにそのことを伝えたくて仕方ありません。
早いうちに社会の真の姿、効率的に出来上がっている仕組みのあり方を知ることが、大人になってからのより良い生き方を創造するという私の考え方には、カミさんはなかなか理解を示してくれません。
この現実を皮肉った寓話の数々を聞かせられた子ども感想は単純で「面白かった」「私の知っている話とちょっと違うよ」というもので、もちろん深く考え込むようなことはありませんでした。
どんな現実も素直な心で受け入れることのできる、そんな柔軟な姿勢を持っているうちに、社会の真実の世界に触れることは必用だ!
なんて思っている私は、やっぱりちょっと変わり者なのでしょうね。
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コメント
そうですね。
読み聞かせは、いいものですねぇ。
やったことはないですけれど(微笑)。
それと、無知・・・あらゆる悲惨が、この無知から始まっているような気がします。
無知から有知へ・・・これが人の成長ですかねぇ。
投稿: マッチ | 2005年12月 5日 (月) 13時54分
マッチさん、いつも有難うございます。
そうですね、無知であることが豊かさの一番の弊害なのですね。
たくさんの情報を集める意欲と取捨選択する能力、これが大切ですかね。
情報化社会が豊かさを実現しやすくなっているという構図がよくわかります。
しかし、それは単なる環境であって、その環境を生かせるかどうかは、一人一人の生き方に関わるということはいつの時代も変わらないということでしょうか。
投稿: 成功おたく | 2005年12月 6日 (火) 06時13分